20分





古泉一樹が泣いている。

長いまつげからこぼれ落ちる涙は真珠のよう、なんて、華麗に寒気の走る常套句が浮かんだがそれはおいといて、まず俺が考えたのはその原因で、これは当然だろう。
なんだかんだといっても、一年以上同じ部活(もどき)で顔を突き合わせてきた友人(たぶん)だ。胸を痛める出来事があったというのならば、愚痴のひとつも聞いてやりたいような、やりたくないような気分である。

そして、次には状況を確認した。北高、昼休み、春先、中庭。ふむ、もしかしてもしかしたら、古泉一樹は突発的に花粉症になったのではなかろうか?

だとしたら、むしろこの目撃情報は伏せておくべきだろう。ふってわいたアレルギー症状になすすべもなく陥落した副団長を、指差して笑ってやるほど、俺は意地が悪くはないのさ。

そして、最後に自分のたち位置だ。
北高、昼休み、春先、中庭。何故だか古泉と俺は二人きり、広場に設置された、切り株を模したテーブルについていた。テーブルの上には、二人分の紙コップ。中身は冷めたコーヒー。いつぞやの古泉の長話を思い出す。
古泉に目の前で泣かれている俺の心情はといえば、頼むから、一刻もはやく泣き止んでくれと、そういうものだ。

ハルヒと付き合うことになった。

俺は、そういっただけだ。

俺の唇の動きを、一瞬でも見逃すまいといった眼力で凝視していた古泉は、この言葉が終わるや否やその切れ長の瞳から透明な液体をこぼして、あとは前述の通りだ。この事実を告げるのに、親でも兄弟でも朝比奈さんでも長門でもなく、真っ先に古泉を選んだのは、古泉一樹が、誰よりもハルヒを気遣っていると思ったからだ。

しっていました。古泉は言う。知られてると思ったよ、俺は応える。

長い前髪と一緒に目頭を手のひらで覆って、古泉は顔を上げた。鼻先が赤くなっている。なんという泣き方をするんだ。お前のファンの女子がみたら、一緒に泣いてやるか写真を撮るかの二択だな。

「ありがとうございます」

透き通った声が、青空にしみていくように響いた。そんなことを言われる筋合いはない、とも、そういわれるだろうとも、俺は思っていた。

話してくださって、ありがとうございます。どうしても、あなたの口から言ってほしかった。

古泉の声は、泣きすぎて鼻にかかっていて、聞き取りにくくて、とても、いつもの古泉一樹らしくはなかった。目頭から手がはがれていく。そこにあるのは、やはり赤く充血している瞳。超能力者なら、一瞬で眼球と涙腺の活動を停止ぐらいさせてみろ。

古泉は、何かいやみでまわりくどい長台詞を言ったりはしなくて、ただ、微笑んでいた。春の、柔らかくて透き通った日差しの中で、その顔は、やけにすがすがしく見えた。俺は、黙ってそれを見つめた。続く言葉を待っていた。古泉は何も言わなかったので、男二人で軽く20分間は見詰め合うことになってしまった。心のそこから寒気がする。

何も、詳しいことは何も話さなかった。20分間見詰め合っていただけだった。20分で、きっと俺と古泉は、百年よりも長い長い話をしていた。ハルヒのこと、長門のこと、朝比奈さんのこと、SOS団のこと。話せる限りのことを、話していた。

チャイムが鳴って、俺と古泉は教室にもどった。それでこの話はおしまいだった。









(2010.3.29.up)






*あとがき*
執筆時間20分しばりでSS書いてみよう、古泉が泣いてる話、って言うお題をもらって
古泉が泣く理由がこれしか思いつかなかった




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